第4回 お金の歴史 1 ── 商品貨幣から鋳造貨幣へ
    (世界戦略情報「みち」平成20年(2008)6月15日第274号)

 お金は、物々交換に代って、交換を媒介するものとして誕生した。
 それは、人々が暮らしのなかで利便性を追求していくうちに、自然発生的に生まれたものであった。
 誰にでも役立ち、誰もが欲しがる品物がお金の役割を果たすようになった。
 原始社会では通常、共同体内で生産される食物や家畜などの食糧がお金として用いられた。
 この種のお金を「商品貨幣」と専門家は呼んでいる。
 それには米や小麦、塩、油、布、皮、牛、羊などが使われた。
 しかし、これらの商品貨幣は自然の産物であるため、時間の経過とともに品質が悪くなるという短所がある。
 また、牛のように巨大な塊をお金に使う場合、これを細分化して決済することは困難であり、少額の取引には不向きとなる。
 このように、商品貨幣には劣化しやすく分割しにくい欠点があった。
 商品貨幣の次に登場したのは「貝殻貨幣」と呼ばれるお金であった。
 食糧の確保のみに奔走する状態から脱した共同体では、食糧以外の品物がお金の役割を担った。
 貝殻や珍しい石などである。貝殻で作った首飾りや腕輪、ガラス玉などは希少価値があり、人気があった。
 だが、希少性に基づくがゆえに十分な数量がなく、モノの交換機能を十分に発揮しないという問題があった。
 さらに、数少ない交換の媒介物を巡って競争が促進される弊害もあった。
 通常、商品貨幣の方が貝殻貨幣より価値が大きかったこともあり、貝殻貨幣が商品貨幣に完全に取って代わることはなかった。
 やがて鉱山の発掘技術と金属を精錬する技術が発達すると、金属の価値が高く評価されるようになった。
 金属の塊=インゴットの価値は元来、重量で決定された。その後、鋳造した商人が一定量の重さを示す刻印を押すようになり、その数字を数えさえすればよくなった。
 手軽に持ち運びできる利点もあり、金属は事実上、最初の機能的なお金となった。これを「金属貨幣」という。
 いわゆる青銅器時代には、鉄、銅、錫、青銅や金などが交易路や港を往来する商人の間で取引された。
 これらの金属貨幣は金属そのものがお金として使われたため、取引のたびに重さを量ったり純度を調べたりしなければならず、手間がかかった。
 お金に使用される金属に不純物が混ざっているのではないか、という疑いと不安は拭えなかったのである。
 さて、社会規模が拡大するにつれ、権力が国家というかたちで制度として分化・独立する。
 他方、規模が拡大した社会の内外で、規範化された贈答に代わって市場交換や売買による財の流通が拡大する。
 大規模かつ広範な財の流通が慣習化・制度化していくには、権威や権力による支持と保護および交換の当事者相互が信頼を置ける権威性を帯びた交換手段が必要となる。
 また、市場の拡大、交換手段の流通には、権力制度の分化・独立に伴って確立する税制において、いかなる支払手段(財あるいは貨幣)を受け入れるのかも大いに関係している。
 これらの要請に応ずるとともに、金属貨幣が抱える先述の問題を解決すべく生まれたのが「鋳造貨幣」、いわゆるコインである。
 コインには純度と重量を保証する刻印が押された。
 信用があった貴族や国王など時の権力者がお墨付きを与えることによって、人々は安心してコインを受け入れることができた。
 コインは溶かして作り直せば小さな単位に小分けできるので、少額の品物の取引が可能となるメリットもある。
 鋳造貨幣の登場は、お金の決済手段としての機能に格段の進化をもたらすこととなった。
 また、お金の単位が測定可能となり一定になったことは、価値尺度としての機能が大幅に強化されることを意味している。
 さらに、金属貨幣と鋳造貨幣は、お金に革命的な新しい機能を付加することになった。
 それは価値貯蔵手段である。
 金属はお金としてのみならず、それ自体に価値があるうえ、腐ったり使い物にならなくなることはない。
 自然界に存在する物質は時間の経過とともに劣化する。
 穀物や野菜、魚や肉といった食料品は保存が効かず、すぐ劣化してしまう。貝殻も使用し続けているうちに摩耗して、やがて当初の価値を維持することが困難となる。
 一方、金属の場合は、劣化が非常にゆっくりと進行するため、長期間お金として使うことができる。
 特に金は熱、湿気、酸素などほとんどの化学的腐食に対して非常に強い。
 自分のもつ品物を交換する相手方を見つけるまでの時間的余裕だけでなく、物理的・心理的な余裕もできる。
 一時的なつなぎ決済手段として鋳造貨幣を用いるのであれば、これほど便利なものはない。(つづく)

 第3回 お金の起源
    (世界戦略情報「みち」平成20年(2008)6月1日第273号)

 そもそもお金というものはどうして生まれたのであろうか。お金の起源とその歴史について理解を深めることは、お金の本質を解明するうえで、大きなヒントとなるだろう。
 まず、お金が登場する以前の社会はどのようなものだったか考えてみる。
 生活に必要なものをすべて自分で作り出し、あるいは自分で必要な用事をすべて済ませることができれば、人は他人に何ら依存することはない。
 しかし、人にはそれぞれ得手不得手がある。生活のあらゆる場面を通じて、生涯、あらゆることを自力で解決することはできない。
 人々は自らの能力の限界を知っていた。また、天変地異などの自然災害を幾度も体験するにつれ、自然に対して畏怖の念を抱いていった。
 だからこそ、人々は自らの能力を過信したり慢心することはなかった。
 人々は自らが属する共同体のなかで、自らの足らざるところをお互いに補い助け合って生活していた。謙虚な気持ちでお互いを支え合っていた。
 人々が自分に必要なものを融通し合う場合、通常、「物々交換」という形をとっていた。
 物々交換とは同等の価値をもつ品物を直接交換することである。
 例えば、海辺の集落と山中にある集落でのケースを考えてみよう。
 海岸近くに住むAさんは、ある日、サンマをたくさん獲った。
 籠いっぱいに詰まったサンマを見て、彼はこんなことを思いついた。
 お互いに余ったものを交換することで、より豊かな生活を送ることができるのではないか……。
 そこで、Aさんはその日エビを獲ったBさんに、サンマとエビを交換しないかと持ちかけた。
 すると、Bさんは「そいつはいい話だ」と喜んで、交渉は成立した。
 AさんとBさんは、各々が今日の夕食のおかずはサンマとエビで我慢しなければならないと諦めかけていたが、物々交換が成立することによって二人とも満足するものを食べることができたわけである。
 また、Aさんは山に住むCさんがウサギを仕留めた話を聞きつけ、サンマとの交換を提案すると、二人の間で話がまとまった。おかげで二人とも自分の集落では得られなかった食材にありつけることになった。
 このように、人々は欲望を充足するため、共同体の内外で物々交換という手段を大いに利用していた。
 ところが、物々交換は時と場合によっては非常に不便なものである。
オーストリアの経済学者カール・メンガーは物々交換の限界を指摘した。
 まず、物々交換では交換が狭い範囲に限定される。
 例えば、Aさんがエビを食べたいと思ってBさんに交換を提案しても、Bさんがサンマではなく野菜を欲しがっている場合には取引は成立しない。
 Aさんは自分のサンマを欲しがっている別の人を探すか、野菜を作っている人と相談してサンマと野菜を物々交換してから、再びBさんを訪れてエビと交換しなければならない。
 ぴったりと有無相通ずる関係は存在しないかもしれず、たとえ存在するにせよ、それを発見するには大いに手間がかかる。
 だから、物々交換は偶然にしか起こらず、狭い範囲内でしか起こらない、ということになる。
 ドイツ人経済学者シルビオ・ゲゼルも、物々交換に特有の難しさを以下のように述べている。
「その困難とは、私が必要とする生産物を保有する人々が必ずしも私の生産物を必要としないか、あるいは彼らが提供する商品の量を彼らが必要としないか」
また、たとえお互いが必要とする品物をそれぞれがぴったり持っていて、交換取引が成立したとしても、相手が本当に信用に足る人物なのかどうかは分からない。
 さらに、物々交換の当事者が同時にかつ同じ場所にいなければ、つまり、即時に交換できなければ取引することは不可能となる。
 手元に余剰が生まれると、まず物々交換によって多大の満足を得ようとする。このシステムがしばらくの間機能していくうちに、やがてその効用の限界が認識され、その限界を解決しようとする圧力が生じる。
先の例でいえば、Aさんはさしあたってサンマを、比較的多くの人が必要とし欲しがる、しかも日持ちのする品物、例えば塩と交換しておく。
 そうすればサンマでエビを待つよりもエビを手に入れやすくなる。
 誰もが同じように、この塩のような回り道をとるようになると、塩がお金の役割を担うようになる。
 こうしてお金が誕生する。お金によって、広範囲かつ大規模な交換が可能となっていく。
お金の形には昔からさまざまなモノが使われた。琥珀、ビーズ、子安貝、太鼓、卵、羽、鐘、鍬、象牙、蔦、ござ、牛、豚、石英、米、塩、裁縫用の指貫、紡ぎ糸、装飾された玉飾りなどなど、実に多彩である。(つづく)

 第2回 お金の機能とは何か
    (世界戦略情報「みち」平成20年(2008)5月15日第272号)

「お金」という言葉をさまざまな意味や思いを込めて人は使う。「カネ」や「ゼニ」などといったぞんざいな単語をあえて用いて否定的なニュアンスを伝えるのもその一例である。
 これらは慣習的な呼称であり、経済専門用語では「貨幣」と呼ばれる。
辞書では貨幣を、例えば次のように定義している。
「商品の価値尺度や交換手段として社会に流通し、またそれ自体が富として価値蓄蔵を図られるもの。鋳貨・紙幣のほかに、当座預金などの信用貨幣を含めていう場合が多い。」(大辞泉)
「商品の交換価値を表し、商品を交換する際に媒介物として用いられ、同時に価値貯蔵の手段ともなるもの。歴史的には貝殻・布などの実物貨幣にはじまり、金銀が本位貨幣とされるようになり、現代では鋳貨・紙幣・銀行券が用いられている。」(大辞林)
 右に挙げた辞書の定義からもわかるように、貨幣は一般的に、@決済手段、A価値尺度、B価値貯蔵手段という三つの機能をもつとされている。
 @決済手段(支払手段)としての機能とは、広く社会で行なわれるさまざまな経済取引に際し、その取引の決済が貨幣の移転を通じてなされることを意味している。
 A価値尺度としての貨幣の機能とは、取引される多様な財やサービスの価格を円やドル等の貨幣の単位で表示することによって、それらの財やサービスの交換比率を統一的に表現することを可能にするものである。
B価値貯蔵手段としての貨幣の機能とは、人々が保有する財やサービスに対する購買力を将来へ持ち越すための手段として貨幣が役立つことを示している。
 以上の各機能について、さらにもう少し具体的に見てみることにしよう。
 @決済手段
 決済手段は、財の交換・流通にかかわる交換手段(購買手段)と支払手段とに分けることができる。
 交換手段(購買手段)は、お金の機能について考えるとき真っ先に思い浮かぶものであろう。
 貨幣が交換手段のはたらきをすることによって、貨幣が存在しなければ偶然にしか起こりえない、あるいはまったく起こりえないであろう広範かつ大規模、そして複雑な財の組合せの交換が貨幣によって媒介される。
 また、さまざまな関係から生ずる責務や債務を決済したり、それとは逆に人の歓心や労働奉仕、神聖性や人々の誉望を生じさせるために、貨幣が用いられることがある。
 この場合、貨幣は人と人の関係に直接関わり、はたらきかけることになる。
 信用売買や賃貸借契約から生じた債務の決済、納税、賠償、招宴、饗応、冠婚葬祭、賃金支払、供物・寄進など多様な場面で貨幣が用いられる。
「現物支払」という言葉があるように、一般の財がこうした目的で使用されることもあるが、通常は貨幣による支払が多用されている。
 支払手段とは,このようなかたちで貨幣が使用されることをいう。
 A価値尺度
 経済を構成している事物はそれぞれ何らかの評価を得て、経済を成り立たせる構成要素となっている。
 貨幣は事物それぞれが各人においてどのように評価されているかを表す共通のものさし・尺度として用いられ、社会的に評価を統合する手段となっている。
 財物の評価だけでなく、支払手段を通じてさまざまな人間関係の評価にも貨幣のものさしを用いる。
 こうした場合、貨幣は量的な尺度として用いられることが多いが、これと並行して、貨幣では評価できない、あるいは貨幣では手に入らないといったかたちで、質的な評価の尺度ともなる。
 また、交換や支払の場を通さないような、貨幣によって現実に尺度されることのない事物でも、貨幣による尺度は人々の観念作用に陰に陽にはたらいている。
 このように社会的評価のものさし=価値尺度として貨幣は使われる。
 B価値貯蔵手段
 天災や不慮の事故、外的侵入や内部対立などから起こる社会秩序の混乱、老後の不安などに対して、人々は財を備えおく。
 また、高価な財を手に入れるために貨幣を貯めておく。
 あるいは,人はこれといってはっきりした外的な目的もなく、ただ手元にもっていること自体に心理的な充足感を覚えるがゆえに、すなわち自己目的化して財を貯めおく。
 この貯めおかれる財は身の安全性や自由の証しであったり、達成感の印であったりする。
 これらを財の貯蔵と呼ぶが、貨幣は貯蔵されることのある財の中でも有力なものである。
 今日、貨幣と呼ばれるものは、ほとんどすべてが、これら三つの機能を併せもっている。
 以上、教科書的な説明で恐縮だが、お金の本質を検証するのに欠かせない前提なので是非抑えておきたかった。御寛恕下さい。(つづく)

 第1回 もう一つの側面を探る
    (世界戦略情報「みち」平成20年(2008)5月1日第271号)

 書店の金融経済関係のコーナーには、いつも大勢の人々が集まる。
 これは八〇年代以降加速化する金融経済情勢の変化に対する人々の関心とニーズの高さを反映するものだ。
 それはまた、国内外で激化する金融市場の動きに飲み込まれ生活が脅かされる事態となった人々の増大する不安の象徴でもある。
海外では、一九八七年にいわゆるブラックマンデーが発生した。ニューヨーク株式市場で株価が暴落し、世界各国の金融市場にその影響が波及した。
 九〇年代には、アジア通貨危機が起きた。経済的混乱はアジア地域に留まらず、ロシア財政危機、ブラジル危機へと連鎖していった。
 一連の通貨危機では、ジョージ・ソロスをはじめとするヘッジファンドの功罪が大きな論争を巻き起こした。
 最近では、サブプライムローン問題に端を発した金融危機が株式、為替などの市場を暴落させ、世界的な経済・金融危機の契機になるのではないかと懸念されている。
 一方わが国内では、九〇年代前半のバブル崩壊を契機に長年続いた景気後退とデフレ、高水準の失業率が、人々の生活不安をかき立ててきた。
 金融機関の相次ぐ破綻、国と地方の財政危機や年金問題も、国民の将来に暗い影を投げかけている。
 最近では、ライブドア事件や村上ファンド事件といった金融犯罪が世間の注目を集めたことは記憶に新しい。
 九六年から始まった金融ビッグバン以降、自己責任原則のもと、人々は自らの個人資産を守るため資産防衛に取り組まなければならなくなった。
 書店の店頭には金融経済の解説本や時事問題の特集を組む専門誌、マネー投資のノウハウ本や、恐慌への備えを叫ぶハルマゲドン本が所狭しと並べられ、そこに多くの人々が群がる。
 これらの書籍が販売ランキング上位を占める趨勢は、お金に対する人々の関心がいかに高いかを物語っている。
 また、将来への漠然とした不安が人々をこうした書籍や実際の投資行動へと駆り立てているとも言える。
 金融市場の混乱やお金をめぐる問題が起きるたびに、専門家や評論家は拝金主義がその根底にあると指摘、批判する。
 金銭を無上のものとして崇拝する社会では、あらゆるものの価値基準をお金に置き、モノの価値だけでなく人の価値までもお金に換算して評価する異常な状況が出現した。
 ただ、こうした現象は今に始まったことではない。近年、より広範囲に拡散し、先鋭化・深刻化してきたということだ。
 お金や貨幣を悪とする価値観も大昔からあった。
 古今東西、お金にまつわる諺は数多い。お金が権力者や庶民の暮らしと密接につながっていることの証である。その中には、次のように否定的な意味を含む諺がある。
 例えば、聖書には「金銭欲は諸悪の根元」、「金持ちが神の国へ入るより、ラクダが針の目を通り抜ける方が簡単である」といった訓言がある。
 わが国では「金と塵は積もるほど汚い」、「地獄の沙汰も金次第」がお馴染みだ。
 人間の醜い欲望が生み出すお金の負の側面や悪影響を見て、人々は「お金は魔物」、「お金を稼ぐことは罪悪」と考え、これを忌避したり憎悪してきた。
 その背後に、拝金主義を鼓吹し、人々の欲望を助長する世界寡頭権力の存在がある。
 このことは、洞察力と観察眼に優れた識者や、われら『みち』執筆陣が指摘するところである。
 人々は己の欲望に身を任せ、世界寡頭権力が密かに作り上げたマネーシステム=仮想現実世界(マトリックス)の検証を怠った。
 そして、マネーシステムの受け入れと引き替えに、自らの経済主権を明け渡してしまった。
 われわれは、現代になってようやく、自らが仮想現実世界の住人であることに気付き始めた。
 ところが、拝金主義者や彼らを使嗾する者、さらにお金そのものを憎悪しマネーシステムの廃止を訴えても、何とも言いようのない違和感に襲われる。
 お金のない世界やマネーシステムの代替物を想像しようにも、イメージがなかなか思い浮かばないのだ。
 われわれはマネーシステムにあまりにも深く依存しすぎたようだ。
 この違和感はどうやら、お金が持つ魔性の側面とは違う「別の側面」から来ているらしい。
 その価値が認められる前に葬り去られはしないかという危機感から、「別の側面」はわれわれにお金の本質を問い直すことを訴えている。
 われわれはお金の本質を知っているようで、その一面しか知らない、あるいは全く知らないのかもしれない。
 お金とマネーシステムが魔物とされても長い間存在してきたのは、人智では計り知れないそれなりの理由があるのだろう。
 今回からお金がもつ「別の側面」の声に導かれるがままに、その本質を解き明かしていきたい。(つづく)