黄不動  「世界最古の磨製石器は日本製」
                         (世界戦略情報「みち」平成23年(皇紀2671)7月1日第341号)



(黄不動)

黄不動   「世界覇権=金融寄生の終焉
                      (世界戦略情報「みち」平成23年(皇紀2671)6月15日第340号)

▼一九九七年九月、わが国の一〇年物国債の金利が二・〇%を下回って以来、一度も二%を上回ることなく一四年にもわたって「超低金利」が継続し現在にいたっている。
 金利の記録は紀元前およそ三千年のシュメル国家の時代から残っているが、中世イタリアの都市国家ジェノバで一六一一年から一六二一年にかけ一一年間、金利(四、五年物国庫貸付金利)が一%台で推移したのが過去最長の「超低金利」時代だった。わが国の超低金利はその記録を四百年ぶりに塗り替えて更新し続けている。
 一四世紀末から一六世紀にかけ、経済的にもっとも繁栄したのがイタリア都市国家のジェノバ、フィレンツェ、ベネチアなどで、レバント地方(現在のシリア、レバノン、パレスチナ等)で集荷された東方の絹、胡椒、香辛料、象牙を買い付け、これを欧州圏に売る地中海貿易を独占し、巨利を博した。
 ジェノバは為替手形の裏書や船舶保険などの金融技術を発達させ、商品取引から信用貸制度、金融取引制度を整備し、一大金融王国を築いた。だが、ジェノバでは一五七一年から金利が恒常的に五%を下回り始め、「一六世紀の利子率革命」と称されるほどの低金利となった。富を多く蓄積した国ほど貯蓄が過剰となり、相対的に投資機会が減少し、金利が低下する。
 当時「日の没することなき」世界帝国だったスペインの財政はジェノバの銀行家や金融貴族によって管理されていた。スペインが戦費調達のため発行した国債の引受と管理、スペイン貨幣の輸送、税金の徴収までもジェノバの銀行家が行なっていたのだ。
 スペイン王室は一五五七年、フェリペ二世即位の翌年、破産宣言をした。前国王カール五世が、この先五年分の王室収入のすべてをドイツのフッガー家をはじめとした銀行家に担保として差し出していたことにフェリペ二世は驚き、自己破産したのだ。カール五世は神聖ローマ皇帝選挙に勝利したが、その際多額の選挙資金を要して借金が嵩んだ。
 その後、ジェノバの銀行家が過剰貯蓄を原資にスペイン王室財政を支えたが、一五七五年、一五九六年、一六〇七年、一六二七年、一六四七年と相次いで王室は財政破綻宣言を行ない、ジェノバの銀行家たちはスペイン王室の信用低下に応じて金利を上げ、ここに歴史上最長の超低金利時代は閉幕する。
 このイタリア都市国家の超低金利時代は、同時にジェノバやベネチアが握っていた世界金融覇権がオランダに移った時代でもあり、金利の推移に覇権の交代が伴う現象は以降も繰り返す。
 金利は長期的にいわゆる資本利潤率と同価になるといわれている。実物経済の利潤率が下がれば金利も下がり、利潤率を上げるため金融経済化するとされている。
 交易国家ジェノバは実物経済・商業で利潤を確保できなくなり、蓄えた富をスペイン王室に貸すことで金融経済化した。スペインの破綻とともに増殖したその金融資本はオランダに投資されて実物経済を拡大させるが、やがて実物経済での利潤が確保できなくなると金融経済化して英国に移動し、同様に、それがまた米国に、という覇権の交代と金利=資本利潤率の高低は同時進行する。
▼覇権の交代という言葉は、寄生先の交代と換言できよう。イタリア都市国家のはるか以前から、フェニキア、カルタゴなどを経て寄生先を次々に変えてきた古代からの勢力の別名を現代風にいえば「金融資本」と称すことができる。わが国が四〇〇年来の超低金利の水準をあっさり突破して、前人未到のゼロ金利を一〇年以上も続けていることが意味するものは一体何か。
 世界帝国スペインの財政破綻をファイナンスしたジェノバの立場に、借金大国米国に上納を続ける日本の立場は酷似している。つまり米国覇権の終焉が、日本の超低金利現象にはっきりと表れているのだ。寄生先米国の終焉は、新たな寄生先として支那、インドなど、いわゆるBRICsの登場という、いわば過去の覇権交代劇の再現になろう。
▼わが国は無意識の内にいわゆる近代資本主義経済やグローバリズムからの離脱を試みており、その顕われが不可解な超低金利の継続であり、このたびの大震災ではないか。
 出口王仁三郎は『大本神諭』の中で、「金銀を用いないでも、結構にお土から上がりたもので、国々の人民がいける様に、気楽な世になるぞよ。衣類、食物、家倉までも変へさして、贅沢な事は致させんぞよ」「金銀を余り大切に致すと、世はいつまでも治まらんから、艮の金神の天晴れ守護になりたら、お土から上がりたもの(天産物)、その国々のものでいける(自給自活)ように致して、天地へお目にかける仕組が致してあるぞよ」「日本の国が是(こ)れ丈(だ)け乱れたのは交易からじゃぞよ」と記している。
 覇権=寄生の転移はいつか地球上での寄生先を失い破綻するハルマゲドンでしかない。日本人自身が自らの力で試練を克服し、目を覚ましたとき、世界の破綻は霧消する。 (青不動)

   「3・11事件」の意味するもの
                         (世界戦略情報「みち」平成23年(皇紀2671)4月1日第335号)

▼二〇〇一年に起きた九・一一米国同時多発テロの標的はニューヨークの世界貿易センターと首都ワシントンの国防総省だった。現代米国の力の源泉である「金融」「軍事」の本拠地を標的とする象徴的な事件だった。
 去る三月一一日に起きた東北関東大地震の「標的」は日本の「原子力」だった。わが国の高度な産業や利便性の高い社会生活を支える電力の三割を供給する原子力発電は、一九七三年の「石油ショック」以降の日本の経済的、社会的、心理的安定を担保する役割を担っていた。一九八〇年当時のわが国の電源別発電電力量の割合は、原子力一七%、石油四六%、石炭五%、天然ガス一五%、水力一七%だったが、二〇〇九年には原子力二九%、石油七%、石炭二五%、天然ガス二九%、水力九%と石油発電の割合を極端に低下させ、中東諸国への電力依存を減らす国策を採ってきた。
 一九七九年に起きた米スリーマイル島原発事故で原子力発電所の新規立地は世界的に停滞したが、「地球温暖化防止」、「CO2削減」など環境派の世論工作が功を奏し二〇〇〇年以降原子力は環境にやさしい、CO2を出さないクリーンエネルギーと再評価され、原発の新規建設計画が急増し、「原発ルネッサンス」と呼ばれた。現在世界では四四二基の原子炉が稼働しているが、今後アジア圏を中心に一五五基以上の原子炉建設計画があり、六五基が建設途上にある。支那政府は現在稼働中の一三基に加え二七基の建設計画を表明し、米国も既存の一〇四基に加えて二一基の建設申請を出している。
 中東のアラブ首長国連邦、トルコ、ベトナムでも原発建設計画があり、日本、フランス、ロシアなどの企業が激しく受注を争っている。
 わが国では一昨年の民主党政権発足後、当時の環境大臣が「地球温暖化対策のきわめて有効な手段として原子力発電を推進していく」と述べて鹿児島県川内原発増設を容認し、世界的な「温暖化」阻止路線を採ることを政府として正式に宣言した。
▼今年一月北アフリカ・チュニジアで勃発した反政府暴動、長期政権崩壊の政変をきっかけに、エジプト、リビア、ヨルダン、シリア、バーレーン、サウジアラビア、イエメン、そしてイランなどで反体制運動が勃発、世界最大の産油地帯である中東湾岸諸国が極めて不安定な状態に陥っている。わが国で「三・一一原子力危機」が起きたのはこの「石油危機」の真っ只中だった。
「原子力ルネッサンス」の余勢を駆って大産油地帯を混乱させ、石油に代わる世界的エネルギー覇権を確立しようとした勢力に対する、強烈な反撃が「三・一一原子力危機」の真実である。
二〇〇六年東芝は英核燃料会社(BNFL)所有の米原子力メーカー・ウェスティングハウスを五四億ドルで買収、世界の原子力建設事業は事実上日本、フランス、ロシア三ヶ国企業の独占となった。同時に、わが国には欧米諸国が技術的、経済的理由から撤退した高速増殖炉やプルサーマル計画などの原料ウランを極限まで再利用する一種の「永久エネルギー」構想があり、図らずも世界最大の原子力大国となった。二〇〇七年七月の新潟県中越沖地震の際、震度6強に襲われた東京電力柏崎刈羽原発は小規模な火災や放射能漏れはあったものの、持ちこたえた。昨年一二月原発建設計画中の地震国トルコのエネルギー天然資源相は同原発を耐震原発設計の模範例として視察した。
▼わが国で運転中の原発は五五基、東北地方太平洋岸には東北電力女川二基、東京電力福島第一・第二が一〇基の合計一二基が集中している。東京電力柏崎刈羽七基への地震がさしたる打撃にならなかったため、今回は地震+津波の圧倒的破壊力が使われたのであろう。
 原子力は電力という「平和利用」の裏面に、核兵器に関連する軍事的意味合いがあることは言うまでもない。わが国が高速増殖炉やプルサーマル計画で核兵器材料ともなるプルトニウムを回収することに、日本の「核オプション」を疑う向きもある。すでに日本には四〇d近いプルトニウムがあるのになぜさらに、という声である。
 福島第一原発一号機から四号機まで爆発・出火が起こった三月一六日夕、東京電力幹部は日本政府を経由せず、米国防総省に直接支援を要請した。翌一七日米第七艦隊の原子力災害対策チームの派遣が決まり、特殊装置が東電に貸し出されている。おそらく東電は米軍出動を「要請」させられたのであろう。日本の「核オプション」の実態を包み隠さず見てもらって結構だ、というシグナルだったのだ。
▼原子力対石油・化石燃料というエネルギー覇権を巡る世界的対立の中で、日本政府、企業は「地球温暖化」なるプロパガンダに乗せられて原発輸出、新経済成長戦略など目先の利益を求めるあまり、「三・一一」のターゲットにされてしまった。
「三・一一」の真の意味を考察し日本民族の永続をはかる智恵と勇気を奮い立たせることこそ、犠牲になった無辜の国民に対する、生き残った者の責務ではないだろうか。  (青不動)    


          ★参考資料★

人工地震の歴史を振り返る その3 〜読売新聞戦後紙面より〜
http://daidaikonn.blog27.fc2.com/blog-entry-416.html より
今回は読売新聞から戦後の人工地震の歴史を見ていきます。
1953年9月13日 読売新聞 夕刊3面より
「人工地震で9名がガス中毒 釜石」
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1956年12月5日 読売新聞 朝刊7面より
「最大の人工地震成功 茨城 吹き上がる地下水6本」
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1957年8月26日 読売新聞 朝刊7面より
「震度5で大成功 茨城で人工地震」
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1957年9月7日 読売新聞 朝刊7面より
「原爆で人工地震 ネバダで14日に初実験」
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1958年6月17日 読売新聞 夕刊5面より
「人工地震で落盤、30人が生き埋め」
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1961年11月10日 読売新聞 朝刊11面より
「深夜の人工地震 新潟で本土横断の地殻構造を調べる」
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1965年3月31日 読売新聞 夕刊3面より
「人工地震 日本列島は生きている  地下の構造を探る注目の海洋実験」
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1973年8月30日 読売新聞 朝刊7面より
「地震 発生待つより制御研究を  たまったエネルギー人工地震で発散 予知だけで防げぬ」
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1975年6月18日 読売新聞 朝刊4面より
「“気象兵器”で米ソ交渉 開発禁止話し合う」
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1975年6月20日 読売新聞 朝刊7面より
「恐るべき環境・気象破壊兵器 米ソで研究着々」
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1984年3月12日 読売新聞 朝刊23面より
「人工地震大きすぎた! 新幹線のダイヤ乱れる 震度1の予定が4〜5」
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読売新聞 1991年5月4日より
「ロシア軍のイワン・エヌレエフ陸軍少将は、強烈な電磁波により人工的に大規模地震を発生させる兵器が存在する事を明らかにした。震源地と地震発生地が遠隔地であるように設定する事が出来る。」
 



日本人の民族的叡智
   (世界戦略情報「みち」平成21年(2009)9月15日第301号)

▼八月三〇日に行なわれた衆議院議員選挙は、民主党が三〇八議席、自民党一一九議席、公明党二一議席という結果となり、自民党が下野し、民主党・社民党・国民新党の連立政権が誕生することとなる。
 民主党は「国民の生活が第一」という一昨年の参議院議員選挙でも掲げたスローガンで選挙戦を戦った。これは東北、中国、四国、九州など一次産業の比率が比較的高い郡部有権者の「生活保守」意識に訴える戦術で、従来都市部に偏重していた民主党の支持層を、地方や過疎地、離島に拡大した。田中角栄譲りの小沢一郎の作戦が見事に奏功したといえよう。農家への生産費と販売価格の差額を補填する「戸別補償制度」も、農協に政治的、資金的に支配された農民の支持を得た大きな要因となっている。
小泉構造改革が極モダンで「革新的」なグローバリズムを日本の風土に導入したことに対する、日本人の心的村落共同体意識の無言の「違和」の表明でもあった。
 面白いことに、米国での共和党から民主党への政権移行と同期していて、深層部分での日米連動も窺われる。
▼今回の選挙テーマの一つは二大政党制の確立ではあったが、実際は巨大与党とその半分以下の野党という構図に落ち着いた。米国や英国で二大政党制のメリットとされる、二大政党による競争、政策論争などといった綺麗事を日本国民が信じていない証左である。
 民主党は子育支援として中学校卒業まで、月二万六千円を支給する政策を目玉とし主婦層の関心を惹いた。少子化時代に、子供を生み育てるための助成措置であり、日本女性の子供に対する願望の深層に届いた政策であった。いずれにせよ選挙で外交・国防などが主要テーマとなることは稀で「生活」に関わる年金、介護、医療、税金、子育てなどだけが話題となり、有権者の関心事となる。日本人が国際情勢の局外にいたいという民族的叡智の表われで、狸寝入りやカメレオンの変色運動にも比すべき態度である。
▼宮本常一は『忘れられた日本人』にこうした日本人の深い心情を記した。

 ……私がまだ五、六歳ごろのことであったと思う。山奥の田のほとりの小さい井戸に亀の子が一ぴきいた。私は山へいく度にのぞきこんでこの亀を見るのがたのしみだった。ところが、こんなにせまいところにいつまでも閉じこめられているのは可哀相だと思って祖父にいって井戸からあげてもらい、縄にくくって家へもってかえる事にした。家で飼うつもりであった。喜びいさんで一人でかえりかけたが、あるいているうちにだんだん亀が気の毒になった。見しらぬところへつれていったらどんなにさびしいだろうと思ったのである。そして亀をさげたまま大声でなき出した。通りあわせた女にきかれても、「亀がかわいそうだ」とだけしかいえなかった。そして、また山の田の方へないて歩いていった。女の人がついて来てくれた。田のほとりまで来ると祖父は私をいたわって亀をまたもとの井戸にかえしてくれた。「亀には亀の世間があるのだから、やっぱりここにおくのがよかろう」といったのをいまでもおぼえている。この亀は私が小学校を出るころまで井戸の中にいた。そしてかなりの大きさになった。ある日となりの田の年寄りが、「亀も大分大きくなったで、この中では世間がせまかろう」といって井戸から出してすぐそばの谷川へいれた。それからのち私が三十をすぎるころまで、夕方山道をもどって来るとこの亀が道をのそのそとあるいているのを見かけることがあったが、祖父はまた山道でこの亀を見かけると、その事を必ずはなしてくれたものである。こういう人たちは一般の動物にも人間とおなじような気持でむかいあっており、その気持がまたわれわれにも伝えられて来たのである。(同書「私の祖父」より、一部改変)
 文字に縁のうすい人たちは、自分をまもり、自分のしなければならない事は誠実にはたし、また隣人を愛し、どこかに底ぬけの明るいところを持っており、また共通して時間の観念に乏しかった。とにかく話をしても、一緒に何かをしていても区切のつくという事がすくなかった。「今何時だ」などと聞く事は絶対になかった。女の方から「飯だ」といえば「そうか」と言って食い、日が暮れれば「暗うなった」という程度である。ただ朝だけは滅法に早い。ところが文字を知っている者はよく時計を見る。「今何時か」ときく。昼になれば台所へも声をかけて見る。すでに二十四時間を意識し、それにのって生活をし、どこかに時間にしばられた生活がはじまっている。(同「文字をもつ伝承者(1)」より、一部改変)

▼政治、権力闘争、謀略などとおよそ縁遠い日本人の生き方は、今も地方や、いや都市部でも人々の心の中に息づいている。議会制民主主義、多数決、政権交代、こうした空虚な理念とは交差しない世界に生きる日本人だが、義理堅く札入れには参加し、世界の潮流に応じる器用さも発揮する。
 米作りを中心とする「生活」に人生の意義を感じる日本人の選択が現れた選挙であった。(青不動)

日本再建はじまる
    (世界戦略情報「みち」平成21年(2009)9月1日第300号)

▼去る八月三〇日に行なわれた衆議院選挙において戦後政治を主導してきた自民党が惨敗、代わって民主党が圧勝、単独過半数を大幅に上回る四八〇議席中の三〇八議席を獲得して、政権交代が実現することになった。
 しかし、今回の選挙結果を単に政権交代の画期とのみ捉えるのでは不十分である。誰の目にも明らかなように、戦後の日本政治の大きな枠組みだった五五年体制が完全に終わりを告げるという意味で、今回の選挙は日本の歴史における一大転換を画する選挙であった。
 五五年体制の権力側に寄生してあらゆる利権を貪ぼってきた公明党=創価学会が大幅に議席を減らしたことも注目されてよい。
 わが国建国以来初めて、白村江の戦いのような局地紛争ではなく国を挙げて総力戦に敗れた大東亜戦争から六十有余年、サンフランシスコ講和条約により独立を回復したとはいえ、実質的には米国の属国状態に置かれたままわが国は今日に至っている。真の独立国家にはあるまじき、かかる隷属状態を担保してきたのが自民党を中心とする五五年体制だった。
 この隷属を覆い隠すために、政治家も官僚も、国家の指導に任ずるべき者たちは国民に嘘を言わなければならないという屈辱を強いられてきた。
▼冷静に考えてみよう、米国への隷属状態が今回の選挙により大きく変わるものかどうかを。米国への隷属状態に付けこんで、NHKの偏向番組製作に見られるような対日謀略工作を恣にしている共産支那の傍若無人が止むものかどうかを。選挙用に拵えた国民向けの「マニフェスト」に何を謳っているかどうかに拘らず、臆面もなくむしろ誇らしげにフリーメーソン用語を語るような代表を戴く民主党には何の期待もできない。わが日本の半国家状態を覆し、国家として真の独立を果たそうという自覚も意欲も、民主党にはないからである。
 同床異夢の寄合所帯である民主党はやがて分裂を避けることができなくなろう。今回の選挙で民意を一身に担った民主党が何らの為すことなく自らが墓穴を掘って地に墜ちる時がやがて来る。その時こそ、わが日本の歴史にとって真の大転換点となる。▼嘘とペテンで塗り固められた五五年体制の半国家状態で日本はよくも六〇年余りもやってこられたものだと驚くほかないのだが、このことは篤と考えなければならない。とっくの昔に国家として破綻し国民として四分五裂していても何の不思議もないわが日本が、なにゆえに曲がりなりにも国家として今日も存続しているのか。それは日本が古来よりの聖地であり、中心に揺るぎない神格天皇がいらっしゃるからにほかならない。
 然るに、懼れ多くもその神格天皇を東京行宮にいわば拉致し押し込め奉ったまま、日本人の誰一人そのご不自由に思いを致すことなく、明治の御一新以来はや百四十有余年が過ぎようとしている。いかなる天罰・神罰を蒙って天変地異に見舞われようと何の不思議もない不敬であった。
▼「民の声は神の声」(Vox Populi Vox Dei)なる衆愚政治の欺瞞を民主主義の根拠だと信奉して「天声人語」なるコラムまで設けオピニオンリーダーを以て自ら任じている朝日新聞の為体を眺めれば、民の声は必ずしも天の声でないことが分かろうというものである。他人に決して委ねられない意志というものが人間にはある。民主圧勝による政権交代の目新しさに惑わされることなく、嘘を吐くことを余儀なくされる半国家日本の政治家・官僚に期待することなく、また地に墜ちた道義・倫理を嘆くことなく、総じて他に恃み何かを求めるのではなく、どのように悲惨な絶望的状況にあっても自らが一人で孜孜として努めなければならぬことがある。
▼今やわが国においては、すべて箍が緩んで、ガタガタの状況にあるというのが誰しもの偽らざる感想であろう。非正規雇用に頼ることを止めない製造業も、農業においても教育においても、はたまた医療や福祉においても出鱈目が大手を振って罷り通っている。
 しかしながら、他を恃み、ましてや政治に期待するなんどということは、二の次三の次としなければならない。まずは自らの意志と工夫で自ら行なうことが先決である。たとえその結果が芳しくなかろうと、苦笑いを浮かべて笑って甘受する。それが日本人というものではなかろうか。 (黒不動)

安倍首相の辞任について
    (世界戦略情報「みち」平成19年(2007)9月15日第257号)

▼本来なら前号「ファンド資本主義の誕生と終焉」の続編を掲載予定だったが、九月一二日安倍総理の辞意表明の報が飛び込んできたので、その件について述べたい。日本のおかれた困難な立場が象徴的に表れている出来事だと思うからである。
 安倍総理は二〇〇二年九月小泉訪朝に官房副長官として同行、北朝鮮による日本人拉致問題で「五人生存、八人死亡」という北朝鮮側の発表に激怒し、小泉総理に日朝平壌宣言に署名させず毅然として帰国を促したことで国民的人気を博し、昨年九月の自民党総裁選挙で圧勝した。
 安倍政権は「戦後レジームからの脱却」をスローガンに、大東亜戦争敗戦後現在まで続く米軍による占領体制の打破を目指していた。外交的には対米自立、日英連携、国内的には占領憲法改正、教育改革、公務員改革に取り組んでいた。
 総理就任後初の外遊に韓国、中国を選び、小泉政権時代に靖国神社参拝問題で悪化していた日韓、日中関係を正常化し、特に胡錦濤中国主席の熱烈な歓迎を受けた。靖国問題については事実上参拝しないことを胡錦濤政権に約束し日中両国は「戦略的互恵関係」に格上げされた。小泉=ブッシュの蜜月から一転して対米自立論者の安倍総理の登場で、日米関係は冷却化した。
 防衛庁から防衛省に昇格した際の式典挨拶において、安倍首相は反米の雄ドゴール仏大統領の書物から引用して演説、防衛大学卒業式では「最も尊敬する政治家」というチャーチル英首相の言葉を使い訓示を垂れた。いずれも米国人の神経を逆撫でする引用だった。
 いままで参勤交代よろしく、わが国の新首相はまずワシントン詣でをする習わしだったが、安倍総理は就任後半年以上米国を訪問しなかった。業を煮やしたブッシュ大統領はチェイニー副大統領を今年二月日本に派遣し、アフガニスタン、イラクでの対テロ戦争へのさらなる協力を求めたが、安倍総理から色よい返事は返ってこなかった。
 四月にようやく初訪米した安倍総理はブッシュ大統領との会談で、北朝鮮拉致問題が解決されない限り、北朝鮮の「テロ支援国家」指定解除や米朝国交正常化を行わないよう強く要請した。ライス米国務長官から日本の拉致問題と関係なく「テロ支援国家」指定解除の可能性を示唆され、安倍総理の要請は事実上空振りに終わった。
▼今年六月に噴出した朝鮮総連の本部ビル差押さえ偽装回避事件も、安倍政権に影響を与えている。
 拉致問題の水面下での解決を模索していた首相官邸の一部が、総連本部ビル差押さえを回避させることで北朝鮮に恩を売り、交渉をスムーズに運ぼうとしていたのだ。これを嗅ぎ付けた北京政府がその事実を全国紙にリーク、元公安調査庁長官や元弁護士会会長などが逮捕される事件となり、拉致問題の交渉は行きづまった。
 中国は、対米自立論者で北朝鮮への強硬姿勢により国民的人気を獲得した安倍総理と連携することで、「日中対米朝」の対立構図を作り出すことを狙っており、拉致問題や日朝交渉が前進することは何としても阻止しなければならない立場にある。
 金正日はたったビル一つの問題すら解決できない官邸の統治能力に強い疑問をもったとされている。中国の思惑通り、日朝関係は停滞を余儀なくされた。
▼安倍総理は訪米前に欧州各国を訪問、特に英国との連携を強め、対米牽制の足がかりを作ろうとした。イラク戦争で米国に次ぐ兵力派遣をしている現在の英国にとり、日本は対米交渉上の駒にはなり得ても、かつての日英同盟のような関係を持つことは不可能だった。
 それでもわが国金融庁は、ロンドンのシティ型の金融特区を東京につくることを宣言、英国大蔵省から金融市場創設のための助言を受けている。
 八月に安倍総理はインドを訪問し、自由、民主主義、法の支配など価値観を同じくするものとして外交安全保障関係を強化することで合意した。極東軍事裁判でわが国を擁護したパール判事の長男と会談し、戦後の東京裁判史観の超克を明確に示した。ただインド首脳は、欧米流価値観を日本が主張することへの違和感と、インドを対中包囲網の盾としか見ない戦略観に疑義をもっていると言われている。長い歴史と伝統をもつ誇り高きインド人は、独自の世界観と戦略で国際情勢に関与しており、日米などの思惑通りに動くことはあり得ないはずである。
▼米国一極支配の時代が終わり、世界は多極化しつつある。この状況下での安倍総理の対米自立外交は時宜にも理にも適ったものといえよう。田中角栄総理の対米自立エネルギー外交は米ソ冷戦のただ中で敢行され、失敗に終わったものの教訓と人材を残した。安倍外交は残念ながら打った手がほとんど自縄自縛に陥り、気がつけば安倍総理を支持する指導者は胡錦濤だけという状態になってしまった。
「戦後レジーム」から脱却し明治国家に戻るのではなく、「近代」を超克して神武創業以前に戻る、気宇壮大にして浪漫溢れる詩情こそが、今後の日本の指導者には必要だ。 

 ファンド資本主義の誕生と終焉
     (世界戦略情報「みち」平成19年(2007)9月1日第256号)

▼八月九日朝、ドイツ連邦銀行(中央銀行)が緊急会合を開いた。政府系のドイツ復興金融公庫傘下のIKB産業銀行が米国の信用力の低い個人向住宅融資(サブプライムローン)に絡んだ投資で損失を出し、一兆三千億円規模の資金支援を行なうための協議だった。同日仏の最大手銀行BNPパリバが運用するファンド三本の解約停止を発表。
 欧州中央銀行ECBは直ちに九四八億ユーロ(約一五兆四千億円)を金融市場に供給し金融機関の資金不足に対処した。同時に米国連邦準備制度FRBも二四〇億ドル(約二兆八千億円)を供給し、八月九日から一五日までの間にECB約三五兆円、FRB約八兆三千億円、日銀一兆六千億円、合計で約四五兆円もの流動性資金が主に欧米の金融市場に投じられて、いわゆるサブプライム問題に端を発した世界金融危機は当面回避された。
 わが国の一年間の税収が約五〇兆円だから、これに近い巨額の資金供給がわずか五日間で実行されたことになる。とりわけECBが三五兆円も資金供給したことからも分かるように、今回の危機の中心は欧州だった。
 欧州の投資家は昨年だけで前年比二割増の二四二〇億ドル(約二八兆六千億円)もの米国証券化商品を購入している。近年欧州にはイラク戦争などの政治的な理由を含めて米国への投資を忌避した中東、ロシアのオイルダラーや中国、インドの貿易利益などからなる莫大な資金が集中している。ところが成熟した老国家群で人口が減少している欧州(人口増加国はアルバニアだけ)の中に巨額の資金を運用する対象が見あたらない。そのため、金融工学が極度に発達した米国のハイ・リスク、ハイ・リターン金融商品を購入して運用するしか利益を出す手段がなかった。国際金融のババを引いてしまったのだ。
▼現代の先進国経済はファンド資本主義といわれるように「ファンド」という怪物が主役である。ファンドとは、株式や債券などへの投資(伝統的投資)ではなく、非公開株式、商品、不動産、派生金融商品などへの投資、およびこれらに投資するファンド(ヘッジ・ファンドなど)への投資といわれるが、その特徴は、リターンが高い、法的規制が少ない、匿名性が高い、反面リスクが高い、情報が不透明、投資単位が大きい、ということになろう。
 そもそも、ファンドという巨額資金の出所はどこなのだろう。
 一九七一年八月一五日、ニクソン米大統領が発表した「金ドル交換停止」により、米国は金の裏づけのない不兌換紙幣ドルの無制限の信用創造が可能となって、ファンド資本主義は始まる。
 九〇年代末からのBRICs新興諸国の低賃金労働力を使った米欧日への超過利潤(ローマ帝国の辺境収奪と類似)の帝国循環、BRICsが稼いだ巨額の輸出利益金、石油など一次産品の急騰による資源国の保有外貨、一九九九年二月からはじまったゼロ金利の円キャリートレード、そして金融工学の発達がファンド資金の供給元である。
▼ファンドが米国経済に影響を及ぼし始めたのは一九八八年に米国ファンドのKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)が食品・たばこ大手RJRナビスコを当時史上最高額といわれた二四七億ドルで買収したことを嚆矢とする。ちなみに、ブッシュ元大統領やベーカー元国務長官が参加したとして後に有名になったカーライルの設立が一九八七年だった。
 これらファンドの台頭と時を同じくして、一九八九年ベルリンの壁崩壊、米ソ冷戦の終結が起こっている。以降米英ファンドが経済グローバリズムの進展と相まって隆盛を迎える。
 一九九三年のクリントン政権発足時、副大統領ゴア提唱の「情報スーパー・ハイウェイ構想」からIT景気が生まれ二〇〇〇年にITバブルが崩壊する。
 二〇〇一年ブッシュ大統領が就任すると九・一一事件からアフガニスタン戦争、二〇〇三年イラク戦争に突入、中東の不安定化による地政学的リスクという言葉が世上に現れるようになったその同じ年、ゴールドマンサックスが「BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)レポート」を発表し、BRICsへの発展期待を謳い上げる。それに伴い、中国、インドの経済成長で石油など天然資源が逼迫するという見通しと、産油地帯中東の地政学的なリスクから資源が高騰し、バブルが生まれる。ちなみに原油・金価格が底を打つのが一九九九年だった。
 このように米政権の変遷と投資対象の変遷とが同期しているのは、単なる偶然なのだろうか。
▼今回サブプライム問題をきっかけとした金融危機発生の原因はBRICs資源がもはや右肩上がりで上昇するという前提条件が消滅したことにある。
 BRICsが発展を続け、それに伴って資源価格が上昇すれば、米国経済は拡大し、米国企業の業績も向上し、株価も住宅価格も上がる、という連想から信用力のない人々にも住宅ローンが緩い条件で貸し出されてきた。その連鎖の一部が決壊し始めたのだ。
 それはなぜか、そしてその後に来るものはいったい何か?